特許侵害で勝っても、損害は全部戻らない──「推定覆滅」という壁

特許を侵害されたとき、相手が上げた利益は、こちらの損害と推定されます。
裁判で侵害が認められれば、その分は取り返せると考えるのが自然です。

ところが、実際に支払を命じられる額は、そこから大きく目減りします。

削られた額のほうが、大きい

2026年8月20日に開かれた第57回特許制度小委員会の資料に、令和元年以降の判決を集計した数字が載っています。
権利者への支払が命じられた損害賠償額の総額が約56億円。
これに対し、推定が覆されて認められなかった利益額の総額が約144億円。
削られた額のほうが、認められた額の2.5倍以上あります

特許法102条2項は、侵害者が侵害行為によって受けた利益の額を、権利者が受けた損害の額と推定します。
権利者が自分の損害をゼロから立証するのは難しいので、相手の利益から入れるようにした規定です。
権利者の側にも損害が生じ得る事情があることが前提になります。

ただし、この規定はあくまで推定である点に注意が必要です。
侵害者の側が「この利益は特許のおかげで出たものではない」と主張し、当該主張が認められれば、その分だけ推定は覆ります。
これを推定覆滅といいます。
上の144億円は、この主張が通った分の合計です。

訴訟にどれくらいの時間と費用がかかるかは、別記事「特許侵害訴訟の流れと費用──全体像をつかむ」でお話ししています。

どのような理由で減るのか

覆滅の理由として実際に認められてきたものを、資料は五つに整理しています。

  • 市場の非同一性──特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること。相手が売っていた層に、そもそも自社は売れていなかった、という反論です。
  • 競合品の存在──市場における競合品の存在。侵害品が無かったとしても、買い手は他社の代替品へ流れていた、という主張です。
  • 侵害者の営業努力──ブランド力や宣伝広告。売れたのは相手の販売力によるもので、特許の力ではない、というものです。
  • 侵害品の性能──機能やデザインなど、特許発明以外の特徴。買い手はそちらに惹かれた、という主張です。
  • 特許発明の部分実施──特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合。製品全体のうち、特許が使われているのは一部だ、というものです。

令和元年以降の判決を数えたもので、認定された件数に事由ごとの大きな偏りはありません。
ただ、部分実施については、それ一つで賠償額が大きく削られた例もあります。

権利者側の初動そのものは、別記事「特許権を侵害されたら──権利者側の動き方」で取り上げています。

「一部にしか使っていない」だけでは、減らない

部分実施については、判断の枠組みが示されています。
知的財産高等裁判所の大合議判決(令和元年6月7日、平成30年(ネ)第10063号)は、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮して決めるのが相当だとしています。

「一部だから減る」ではない、ということです。
その一部が製品の中でどういう位置にあるのか、その部分に買い手を引きつける力があるのか。
そこまで見て決まります。
部品の一つに使われているだけでも、それが製品の売りそのものであれば、話は変わってきます。

この基準は、権利者にとって悪い話ではないと私は見ています。
「一部にしか使っていない」と言われるだけで削られる仕組みなら、部品の特許はいつも不利になります。
位置付けと顧客誘引力を見るという基準なら、権利者の側から、その部品が製品の売りになっていることを示して争う余地があります。

残りの四つは、どう争われるか

覆滅の事由は、侵害者の側が主張し、立証する必要があります。
権利者は、それに応じる形になります。

市場の非同一性は、自社と相手がどの層に売っているかという事実の話です。
自社製品の販売先や販路の記録があれば、同じ市場で売ってきたことを示して応じられます。

競合品の存在については、大合議判決が「市場において侵害品と競合関係に立つ製品」であることを要するとしています。
似た製品があるというだけでは足りず、本当に競合しているかが見られます。

侵害者の営業努力については、同じ判決において、通常の範囲の工夫や営業努力では覆滅事由にあたらないとされています。
相手が「売れたのは自分たちの販売力だ」と言うには、通常の範囲を超える格別の工夫や営業努力があったことを示す必要があります。

侵害品の性能については、特許以外の特徴がどれだけ売上に効いたのかを、侵害者の側が具体的に示すことになります。

どれも侵害者側の事情が中心で、権利者が平時に用意できるものは多くありません。
その中で、自社の販売先や販路の記録は、市場の非同一性へ応じる際の証拠として残しておく価値があります。

なお、覆滅で残ってしまう分をどうするかという議論として、懲罰的賠償や、侵害者の手元に残った利益を権利者に引き渡させる制度(利益吐き出し型)が、特許庁の審議会で検討されています。
以前にも議論されて見送られた経緯があり、覆滅の割合が増えていることを受けて再び議題に上がったものですが、制度が変わる時期や中身が分かるような段階ではありません。

当事務所は、権利行使を見据えた出願の設計から、侵害が疑われる場面での進め方まで、実務の観点からご相談をお受けしています。
特許・実用新案のご相談を承っていますので、出願の段階からお声がけください。

出典・参考

※ 本記事は2026年時点の一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。損害額の算定は事案ごとに大きく異なります。個別のご判断にあたっては、判決全文および特許庁の審議会資料など最新の一次情報をご確認ください。

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